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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3788号 判決 1963年2月16日

判   決

原告

白鳥郁男

右訴訟代理人弁護士

和泉芳郎

右補佐人弁理士

鈴江武彦

斎藤義雄

被告

株式会社タカラビニール

右代表者代表取締役

佐藤安太

右訴訟代理人弁護士

安原正之

中村弘

右当事者間の昭和三六年(ワ)第三、七八八号実用新案権侵害排除等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

一原告訴訟代理人は、「一、被告は、別紙第一目録記載の空気入りビニール製人形の製造又は販売をしてはならない。二、被告は、東京都葛飾区青戸町一丁目千四百十七番地所在の被告の事務所及び工場内にある右空気入りビニール製人形又はその半製品を廃棄せよ。三、被告は、原告に対し、金四百九十八万円及びこれに対する昭和三十七年六月三日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決及び右金員の支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求めた。

二被告訴訟代理人は、本案前の申立として、「本件訴のうち、損害賠償請求に係る部分は、却下する。」との判決を求め、本案の申立として、主文同旨の判決を求めた。

(請求の原因等)

原告訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  原告の実用新案権

原告は、次の実用新案権を有する。

登録番号 第四五九、四九四号

考案の名称 軟質皮膜による脚部を有する玩具

出   願 昭和二十九年九月二十日

公   告 昭和三十一年十二月十七日

登   録 昭和三十二年三月二十六日

二  登録請求の範囲

本件実用新案権の登録願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載は、別紙第二目録の該当欄記載のとおりである。

三  本件実用新案権の考案の要旨及び作用効果

(一)  本件実用新案権の考案の要旨は、次の(1)から(4)の各要件からなる。なお、本件実用新案権が被告主張のとおりの出願経過によつて設定されたものであることは認めるが、元来、実用新案権の技術的範囲は、出願公告によつて公告された願書に添附した明細書の記載事項及び図面の内容に従つて定められるべきのものであるから、これに反する主張を前提として、本件登録実用新案における「軟質皮膜」はビニールを含まないとする被告の主張は、失当である。

(1) 本体1と脚部となる中空2の袋体3とは、接続していること。

(2) 右袋体3は、切り込み凹部4を有すること。

(3) 右切り込み凹部4の深さは、袋体3の半径より小であること。

(4) 右袋体3は、軟質皮膜によつて作られていること。

(二)  本件登録実用新案の作用効果

本件登録実用新案は、袋体3に空気を充填すると、突部5、6が左右から重合又は突出することにより、次の(1)から(3)の作用が働き、切り込み凹部4全体で物に握着し、これを強固に保持しうる効果を有する。

(1) 突部5、6を外方に開くと、袋体3の空気圧は上昇し、腰の強さ、したがつて突部5、6の復元力を生ずること。

(2) 切り込み凹部4の背後の厚さは、切り込み凹部4の直角方向の最も厚い中心部の厚さ、すなわち、袋体3の半径の厚さより大となるから、腰が十分強いこと。

(3) 切り込み凹部4の底部8から突部5、6にかけて彎曲していることによる復元力を生ずること。

四  被告の人形

被告は、別紙第一目録記載の空気入りビニール製人形(以下「被告の人形」という。)の製造及び販売をしている。

五  被告の人形の構造上の特徴及びその効果

(一)  被告の人形の構造上の特徴は、次の(1)から(4)にある。

(1) 頭部1、胴部2、胸部3及び脚部5は、接続して一体となつた中空の袋体であること。

(2) 胴部2と腕部3とからなる袋体部分には、胴部2と左右の腕部3との間に、切り込み凹部6が形成されていること。

(3) 右切り込み凹部6の深さは、右袋体部分の半径とみなされる長さより小であること。

(4) 人形体は、ビニールにより作られていること。

(二)  被告の人形の作用効果

被告の人形は、空気を充填すると、次の(1)から(3)の各作用により、物体に強固に握着しうる効果を有する。

(1) 左右の腕部3、3を外方に開くと、左右の腕部3、3と胴部2内の空気圧は一様に上昇し、腰の強さ、したがつて、左右の腕部3、3の復元力を生ずること。

(2) 胴部2の厚さを厚くしてあるから、腰の強さもこれに比例して強いこと。

(3) 腕部3を彎曲してあることによる復元力が生ずること。

六  本件登録実用新案と被告の人形との比較

被告の人形は、次の(一)(二)記載のとおり、本件登録実用新案の要旨を構成する各要件を備えており、かつ、作用効果においても同一であるから、本件登録実用新案の技術的範囲に属する。

(一)  本件登録実用新案と被告の人形との構成の比較

(1) 本件登録実用新案の要旨としては、脚部となる袋体3及び本体1の各形状には何の限定もなく、また、脚部となる袋体3が本件を一体に構成されることを否定していない。このことは、前記明細書の「実用新案の性質、作用及効果の要領」の欄にも、「本案の脚部は、一対又は単一のものでもよく、止り木その他の凸部を有するものならなんでも握着出来るので、各種の玩具の脚部は場合によつては手部にも頭部にも利用出来得る。」との記載があることからも明らかである。被告の人形の胴部2と頭部1とを合わせたものが本件登録実用新案における本体1に、また被告の人形の胴部2と胸前に抱き状に出している左右の腕部3、3とを合わせたものが本件登録実用新案における脚部となる中空の袋体にそれぞれ該当し、互に接続一体となつているものであつて被告の人形は、前記三の(一)の(1)の要件を充足する。このことは、願書に添附した明細書及び図面に実施例としてあげられている鳥についていえば、脚部に当る袋体を拡大延長して、その本体1と袋体3との間係を被告の人形のように形成した場合を考えれば、明らかである。

なお、この点に関し、被告は、被告の人形に空気を充填しない状態では、押しつぶされた胴部2に左右の腕部3、3が附属しているだけであり、このような形状のものからは、本件登録実用新案における袋体3を想定することは困難である旨主張するが、空気入り玩具は空気を充填して使用するものであるから、その形状、構造、作用効果を問題にするときには、空気を充填した状態で比較すべきが当然であり、被告の右主張は、本件登録実用新案及び被告の人形が空気入り玩具であることを無規した誤解に基づくものである。

(2) 被告の人形の胴部2と胸前で抱き合せるように互に内方に彎曲させて先端部で接触させるようにした形状の左右の腕部3、3とにより形成された空間は、本件登録実用新案における切り込み凹部4に該当するものであるから、被告の人形は、前記三の(一)の2の要件を充足する。

(3) 被告の人形の胴部2と左右の腕部3、3とにより形成された空間、すなわち、切り込み凹部の深さは、被告の人形の胴部2と左右の腕部3とにより一体的に形成された袋体の半径とみなされる長さより小であるから、被告の人形は、前記三の(一)の3の要件を充足する。

もつとも、本件登録実用新案は、切り込み凹部4の深さが袋体3の半径より小であることを要件の一つとしているが、これは、作用効果の点からみて最良の条件又は希望の条件を掲げたにすぎず、元来、袋体3の握着力は切り込み凹部4の背部の厚さに比例し、したがつて、切り込み凹部4の深さと反比例するものであるから、必ずしも厳密な意味で切り込み凹部4の深さが袋体3の半径より小であることを要する趣旨ではなく、切り込み凹部4の深さは袋体3が物体に自由に握着しうる効果を生ずる程度のものであることを要する趣旨である。したがつて、仮に被告の人形における切り込み凹部の深さが胴部2と左右の腕部3、3とにより一体的に形成された袋体の半径とみなされる長さより小でないとしても、被告の人形は、物体に自由に握着しうる効果を有するものであるから、いずれにしても、前記三の(一)の(3)の要件を充足することに変りはない。

(4) 被告の人形の材料であるビニールは、本件登録実用新案における「軟質皮膜」に該当するから、被告の人形は前記三の(一)の(4)の要件を充足する。

(二)本件登録実用新案と被告の人形との作用効果の比較

被告の人形は、前記三の(二)と五の(二)とを比較すれば明らかなとおり、本件登録実用新案におけると同一の作用効果を有する。なお、被告の人形の左右の腕部3、3の各先端部は、空気を充填しない状態では深く重合するが、空気を充填した状態では重合度が減少するとして被告の人形と本件登録実用新案との相違を強調するが、被告の人形について、空気を充填しない状態と充填した状態とを比較して、左右の腕部3、3の各先端部の重合度を云云する被告の主張は、当を得ないものである。すなわち、本件登録実用新案は、袋体3に相当の弾性がある場合には、これに空気を充填すればする程外周は延びを生じ、突部5、6は重合するし、袋体3に弾性が少ないものでは、切り込み凹部4の底部8が凹むうで、結局、突部5、6は突出するのであり、このような作用効果は、被告の人形についても顕著にみることができ、被告の人形に空気を充填しない場合の腕3、3の各先端部の重合の有無は、問題にならないことである。

七  差止請求

被告は、本件登録実用新案の技術的範囲に属する被告の人形を製造、販売することによつて、本件実用新案権を侵害しているのであるから、原告は、侵害者である被告に対して、被告の人形の製造又は販売の停止を求めるとともに、被告はその肩書地所在の被告の事務所及び工場において本件実用新案権の侵害行為を組成する物件である被告の人形及びその半製品を所有占有しているので、これらの廃棄を求める。

八  損害賠償請求

(一)  不法行為の成立

(1) 被告は、本件登録実用新案の技術的範囲に属するところの被告の人形を、昭和三十五年四月以降、少なくとも、九万九千六百ダース製造、販売することにより、本件実用新案権を侵害した。

(2) 被告は、被告の人形の製造を開始する以前から被告の人形の製造、販売が本件実用新案権の侵害になることを知りながら、右(1)のとおり、被告の人形を製造、販売したものであるから本件実用新案権の侵害について被告に故意があつたものというべきである。仮に本件実用新案権の侵害について被告に故意がなかつたとしても、少なくとも本件実用新案権が存在することは知つていたのであるから、被告は、本件実用新案権の侵害について過失の責を免れない。

いずれにしても、被告は本件実用新案権の侵害によつて原告がこうむつた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

(二)  損害額

(1) 被告の人形の卸売価格は一ダース当り平均金千円であるから、被告の製造、販売した九万九千六百ダース分の売上総額は金九千九百六十万円となり、純利益率は売上額の五%であるから、純利益総額は金四百九十八万円となる。原告は、被告の本件実用新案権の侵害行為により、被告が得た純利益総額と同額である金四百九十八万円の損害をこうむつた。よつて原告は、被告に対して、本件実用新案権の侵害行為に基づく損害賠償として、金四百九十八万円及び右侵害行為の後である昭和三十七年六月三日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

なお、原告が本件実用新案権を実施していない旨の被告の主張は認める。

(2) 仮に、前項の金額の損害賠償請求が理由ないとしても、原告は、被告の本件実用新案権の侵害行為により、少なくとも本件登録実用新案の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する金四百三十万二千七百二十円の損害をこうむつたものである。すなわち、玩具業界においては、実用新案権者は、登録実用新案の実施に対して、製品の小売価格の2%ないし3%相当の金銭の支払いを受けるのが通常であり、本件においては、被告の人形の小売価格の2%相当の金銭の支払いを受けるのが通常であるとみれば、被告の人形の小売価格は一個金百八十円であるから、一個当りの実施に対して通常受けるべき金銭の額は、金三円六十銭となり、被告が製造、販売した被告の人形九万九千六百ダース分の実施に対して通常受けるべき金銭の額は、金四百三十万二千七百二十円となるから、原告は、被告の本件実用新案権の侵害行為により、本件登録実用新案の実施に対して通常受けるべき金銭の額に相当する金四百三十万二千七百二十円の損害をこうむつたこととなる。よつて、原告は、被告に対して、本件実用新案権の侵害に基づく損害賠償として、金四百三十万円及びこれに対する右侵害行為の後である昭和三十七年六月三日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(答 弁)

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

一請求の原因一の事実は、認める。

二同二の事実は、認める。

三同三の(一)の事実は、認める。もつとも、本件登録実用新案における軟質皮膜とは、ゴムのような弾性体をいい、ビニール等のようにゴムに比し弾性の小なるものは、これには含まれない。すなわち、願書に最初に添附した明細書には、考案の名称を「ゴム玩具の脚部」としたうえ、「ゴムのような弾性体には適用できるが、ビニール等のようにゴムに比し弾性の小なるものは収縮力が小さいから、適用できない。」との記載があり、登録請求の範囲も、ゴム張合せ玩具の脚部に限定してあつたのであるが、その後、原告は、考案の名称を、一たん、「玩具の軟質皮膜による脚部」と訂正したうえ、さらに、現在のように「軟質皮膜による脚部を有する玩具」と訂正し、右明細書の記載を「本案の軟質皮膜材としては、ゴム等の如く相当弾力を有する場合とビニール等の如く余り弾力を有せざる場合とが考えられる」と、また、登録請求の範囲の記載を原告主張のとおりに訂正して、登録されたものである。元来、実用新案権の技術的範囲は、出願当初の明細書及び図面の記載に従つて解釈すべきものであり、出願後明細書の要旨を変更することは許されない。したがつて、以上のような出願経過からして、ビニールは、本件登録実用新案における「軟質皮膜」には含まれないものというべきである。

同三の(二)の事実は、否認する。本件登録実用新案は、袋体3に空気を充填すると、その緊張により、突部5、6が左右から重合、突出するのであるが袋体3の半径より大であるため、腰が強く、突部5、6により充分な握着力が生じ、強固に物体を握持しうる効果を有するものである。

四同四の事実は、認める。

五同五の(一)の事実のうち、(1)(4)の事実は、認め、その余は、否認する。被告の人形の原告主張の袋体部分には、切り込み凹部はなく、したがつて、その切り込み凹部の深さが右袋体部分の半径とみなされる長さより小であるということは、ありえない。

同五の(二)の事実は、否認する。被告の人形の頭部1から空気を充填することによつて、頭部1、胴部2、腕部3、脚部5を一体としてふくらませ、胸部の前面と彎曲した左右の腕部3、3とで囲まれた部分に形成された大きな空間に、右空間より大きい物体をはめ込むと、彎曲した左右の腕部3、3の内側面と胸部の前面とに支えられ、場合によつては、胴部2の前面全体と頭部1の前面にも支えられ、被告の人形が物体に抱きつく、という作用効果を有する。

六同六の(一)、(二)の各事実は、いずれも否認する。

(一)本件登録実用新案における袋体3は、本体1とは別に、円形状の独立体として形成されている。被告の人形においては、原告主張のように、胴部2と左右の腕部3、3とを合わせたものが本件登録実用新案における袋体3に該当し、同じく頭部1と胴部2を合わせたものが、本体1に該当するとみることは、極めて不自然不合理であり、被告の人形中に本体と重なり合つた袋体を想定して、この想定された袋体と本件登録実用新案における袋体とを対比するようなことは、観念の遊戯にすぎない。このことは、被告の人形に空気を充填してない状態では、押しつぶされた不特定の形状の胴部に両腕部が附着しているだけのものであり、このような形状のものから、本件登録実用新案における一定の円形状の袋体3を想定することが困難であることからも、明らかであり、被告の人形には、本件登録実用新案におけるような袋体は存しない。

(二)  被告の人形において、左右の腕部3、3と胴部2の前面とで囲まれて形成される大きい空間が、本件登録実用新案における切り込み凹部4に該当するとみることは、本件実用新案権の内容と矛盾し、かつ、玩具業者や需要者一般が有する社会通念にも反するものというべきである。すなわち、空気入りゴム人形等において、左右の腕部の間(例、バンコ)、腕部と胴部との間(例、片手彎曲猿)、両脚部の間(例、キリン)、首部と脚部との間(例、象)等に形成される空間を利用すれば物体に挾着しうる構造のものは、本件実用新案権の登録出願前より公知であり、したがつて、本件登録実用新案において、原告がこのような構造の空間を切り込み凹部4として考案したものでないことは、明らかというべきである。本件登録実用新案における切り込み凹部4とは、願書添附の図面(甲第二号証記載の図面)のとおり、円形状の袋体3に幅の狭い部分的けん欠部を有するものに限定されるものというべきである。

(三)  本件登録実用新案における切り込み凹部4の深さは、袋体3の半径以下であることが必須の要件である。このことは、本件登録実用新案においては、切り込み凹部4の背後の厚さを袋体3の半径より大とすることによつて腰を強め、空気を充填することによつて突部5、6を重合、突出させて強固な握着力を生ぜしめ、物体の凸部に静止させることを目的としていることにかんがみれば、当然のことであり、切り込み凹部4の深さが袋体3の半径以下であるということは、単なる最良の条件又は希望条件を示すものではない。被告の人形において、原告主張の袋体部分には、本件登録実用新案における切り込み凹部4とみられるものではないが、仮に、彎曲した左右の腕部3、3により形成される空間が右切り込み凹部4に該当するとしても、右切り込み凹部4の作用はその背後の厚さとの関係で問題となるのであるから、被告の人形において、原告主張の袋体部分の切り込みの深さが右袋体部分の半径より小であるかどうかは、切り込みの深さと左右の腕部3、3の付根の部分の厚さとの関係として問題にしなければならない。被告の人形においては、左右の腕部3、3の付根の厚さは、右袋体部分の切り込みの深さ又は胴部2の厚さより小であるから、右切り込みの深さが右袋体部分の半径より小であるとはいえない。

なお、被告の人形においては、その構造から明らかなとおり、左右の腕部3、3が抱きつく力は、いかに胴部2の厚さを大としても、左右の腕部3、3の付根の厚さが小であれば弱くなるから、胴部2の厚さによつてきまるのではない。すなわち、本件登録実用新案においては、切り込み凹部4の背後の厚さを袋体3の半径より大にして、空気を充填した場合に突部5、6を重合、突出させて握着力を大とする構造であるに対し、被告の人形においては、胴部2の前面と彎曲した左右の腕部3、3とによつて囲まれた空間を大きな物体に抱きつかせる構造であり、両者には、この点において、本質的な相違がある。

(四)  被告の人形においては、彎曲した両腕部3、3と胸部の前面とで形成される大きな囲繞状の空間部の内側全体で大きな物体に抱きつくという作用効果を有するに対し、本件登録実用新案においては、袋体3に空気を充填することによつて、突部5、6が左右から重合、突出し、この突部5、6によつて握着力を生じ、強固に物体を握持するという作用効果を有する点において両者は相違する。このことは、次の(1)から(3)によつても、明らかである。

(1) 被告の人形においては、胴部2の厚さは腕部3の太さ程度のものであれば、抱きつく力は、胴部2の厚さにかかわらず同一であるが、本件登録実用新案においては、切り込み凹部4の背後の厚さが袋体3の半径と同一か、それより大でなければ、腰が弱くなり、強固に物体に握着することができない。

(2) 被告の人形においては、抱きつく力は、胴部2の前面と彎曲した左右の腕部3、3との間の空間の大小とは関係なく、胴部2に取りつける左右の腕部3、3の取りつけ位置によつてきまるのに対し、本件登録実用新案においては、切り込み凹部4の深さを袋体3の半径より大とすると、切り込み凹部4の空間が大きくなつてたるみを生じ、握着力は小さくなる。

(3) 被告の人形においては、空気を充填しない状態では、彎曲した左右の腕部3、3の各先端部は深く重合しており、空気を充填した状態では、左右の腕部3、3は外側に張つて各先端部の重合度はわずかになるに対し、本件登録実用新案においては、突部5、6は、袋体3に空気を充填することによつてはじめて重合、突出する。

七同七の事実のうち、被告が原告主張の場所において被告の人形及びその半製品を所有占有していることは、認めるが、その余、否認する。

八原告の請求のうち、請求の趣旨三の部分及び請求の原因八は、本件訴訟係属中、昭和三十七年六月二日付訴の追加的変更申立書をもつて、請求及び請求の原因の変更として追加されたものであるが、右請求及び請求の原因の変更は、訴訟手続を著しく遅滞させるもので、許されないから、不適法として、却下さるべきである。

仮に、右主張が理由ないとしても、請求の原因八の事実のうち、被告が昭和三十五年四月以降少なくとも九万九千六百ダースの被告の人形を製造、販売した事実、被告が被告の人形の製造を開始する以前から、本件実用新案権が存在することを知つていた事実、並びに、被告の人形の卸売価格、純利益率、売上総額及び純利益総額が原告主張のとおりである事実は、認めるが、その余は、否認する。原告は、被告が被告の人形の製造、販売により挙げえた利益をもつて、ただちに原告のこうむつた損害であると主張しているが、被告の挙げえた利益と原告のこうむつた損害との間に相当因果関係はない。すなわち、被告が被告の人形を多量に製造、販売しえたのは、被告会社の代表者である佐藤安太の考案に係る空気入りビニール人形の形状、色彩、ウインクする眼等の結合からなる意匠の独創性が需要者の好みに合致したこと、及び、被告会社の営業の合理性、顧客の優秀性等によるものであり、仮に、被告が被告の人形の製造、販売をしなかつたとしても、原告が本件実用新案権を有していたということだけで、被告の挙げえたと同額の利益を挙げうるとは、限らない。このことは、原告が昭和二十九年九月に本件実用新案権の登録出願をし、昭和三十二年三月その登録を受けて数年を経過するも、原告又は原告が代表者に就任している株式会社白鳥ゴムにおいて、本件登録実用新案を実施した玩具を製造、販売した事実はなく、まして、被告の人形と同様の意匠の空気入りビニール製人形を製造、販売した事実がないことからも、明らかであり、原告の前記主張は、甚だしく失当である。

(証拠関係)≪省略≫

理由

(争いのない事実)

一原告が、その主張する実用新案権を有すること、右実用新案権の登録願書に添附した明細書に記載された登録請求の範囲の記載が、別紙第二目録の該当欄記載のとおりであること及び、被告が、別紙第一目録記載の空気入りビニール製人形(被告の人形)を製造、販売していることは、当事者間に争いがない。

(被告の人形が本件実用新案権の技術的範囲に属するかどうか)

二前掲当事者間に争いのない登録請求の範囲の記載に、成立に争いのない甲第二号証の「実用新案の性質、作用及効果の要領」欄の記載を参酌して考察すると、「軟質皮膜による脚部を有する玩具」に関する本件登録実用新案は、「本体1と接続する中空2の袋体3に袋体3の半径より小なる切り込み凹部4を設けた構造」を、その構成上の必須の要件の一つとしているものとみることができる。

しかして、被告の人形における「頭部1、胴部2、胸部3及び脚部5が接続して形成された中空の人形において、前方に突き出し胸前で抱き状にした腕部3、3で他物を把握しうるようにした構造」が、本件登録実用新案における前示の要件に対応するものであることは、当事者間に争いのない前掲登録請求の範囲の記載と被告の人形とを対比することにより、おのずから明らかである。

よつて、本件登録実用新案における前示の要件と被告の人形における前掲の構造とについて、(証拠―省略)を参酌して、比較検討すると、両者は、構成及び作用効果において、明確に相違するものといわざるをえない。さらに、これを詳説するに、前者(本件登録実用新案における前示の要件)は、本体1とは別個独立の部材によつて構成され、かつ、本体1と接続している中空2の袋体3そのものに、袋体3の半径より小なる切り込み凹部4、すなわち、切欠凹部が固定化されている構造のものであるに対し、後者(被告の人形における前掲の構造)は、頭部1、胴部2、左右の腕部3、3及び脚部5が互に接続して形成された中空の人形において、中空の胴部2と、胴部2とは外観(別紙第一目録記載の図面の記載)上も独立のものとしてそれぞれ別個に構成され、かつ、前方に突き出し胸前で抱き状にした恰好で胴部2とは互に接続している左右の中空の腕部3、3との三つの部材によつて囲繞状の空間が形成されている構造のものであり、後者における右囲繞状の空間は、中空の胴部2そのものとか、右又は左の腕部そのものに切欠して固定化されたものではなく、胴部2とこれとは別個独立に構成され、かつ、胴部2と互に接続している左右の腕部3、3との三つの部材によつてはじめて形成されるものであるから、後者は、前者における袋体3そのものに固定化された半径より小な切るり込み凹部4を有する構造を有せず、この両者の間には、少なくとも、この点において、構成上明確な相違が見出される。したがつて、前者においては、切り込み凹部4を袋体3の半径より小にしてあることから、切り込み凹部4の背後の厚さは、常に半径より大となり、切り込み凹部4と直角方向の半径に等しい最も厚い中心部の厚さより大となるから、止り木等を握着するための腰が強く、かつ、切り込み凹部4が止り木等の太さに比して大きくなりすぎてたるみを生ずることもないので、玩具の切り込み凹部4を止り木等にはめて止まらせると、充分な握力で強固に握着するため、ずり落ちることもなく、また、どのような角度ででも止まらせることができる、という作用効果が認められるが、後者においては、単に、胴部2と左右の腕部3、3とでもつて物体を抱きかかえるという効果しか認められず、前者におけるような作用効果は、到底期待しうべくもない。すなわち、この両者は、構成及び効果において相異なるものがあり、均等性を欠くものといわざるをえない。

この点に関し、鑑定人木戸伝一郎は、本件登録実用新案においては、本体1と袋体3とが接続していることは、その必須の要件の一つではあるが、接続の態様についてはなんの制限もないから、本体1と袋体3とが一体として構成される場合をも包含するものとし、これを前提として、検甲第一号証(検甲第一号証が被告の人形であることは、当事者間に争いがない。)における左右の腕部と胴部とよりなる中空体及び胴部と左右の腕部とにより囲まれて形成される空間が、それぞれ、本件登録実用新案における袋体

び切り込み凹部4に該当し、かつ、検甲第一号証と本件登録実用新案とは、物体を強固に握着する効果においても同じである旨の意見を述べているが、本件登録実用新案において、本体1と袋体とが一体として構成され、その結果、本体1と袋体3とが別個独立の部材とはみられない場合も、「本体1と接続する袋体3」の概念に含まれると断ずることは、前掲登録請求の範囲の記載及び前掲甲第二号証によつて窺うことのできる本件登録実用新案の性質にかんがみ、はなはだしく当を得ないものといわざるをえないし、また、前掲検甲第一号証は、胴部と左右の腕部とにより形成される空間でもつて物体に抱きつく効果を有するが、物体を強固に握着する効果を有するとは認められないから、右鑑定人の意見には到底賛同することができない。成立に争いのない甲第五号証に記載された弁理士萼優美の意見及び同じく成立に争いのない甲第六第八号証に記載された弁理士沼田新助の意見並びに証人鈴江武彦の証言は、いずれも、前掲検甲第一号証と同一又はこれに類似する空気入りビニール製人形に関し、鑑定人木戸伝一郎の意見と結局において軌を一にするものであり、また、同じく成立に争いのない甲第七号証における弁理士斎藤義雄の意見は、前掲検甲第一号証と同一又はこれに類似する空気入りビニール製人形に関し、その写真及び説明書の記載からも明らかにそれぞれ別個独立の部材と認められる左右の腕部と胴部とによつて形成される空間部分が、本件登録実用新案における切り込み凹部に該当するものとし、かつ、右空気入りビニール製人形が物を握着する効果を有するとしている点において、いずれも、当裁判所の到底賛同しえないところであり、原告本人尋問(第一回)の結果その他本件におけるその余の全証拠によつてみても、前記判断をくつがえすべき適確な資料は、一つとして存しない。

叙上のとおり、被告の人形は、本件登録実用新案における必須の要件の一つを欠くものであるから、さらに他の点を比較するまでもなく、本件登録実用新案の技術的範囲には属しないものといわざるをえない。

(請求及び請求の原因の追加的変更の許否について)

三被告は、「原告がした損害賠償に関する請求及び請求の原因の追加的変更は、訴訟手続を著しく遅滞させるものであり、許されないから、不適法として却下さるべきである。」旨主張するが、被告の人形が本件登録実用新案の技術的範囲に属するかどうかについて実質的審理をほぼ終えた訴訟の段階において、被告の人形が本件登録実用新案の技術的範囲に属することを前提として、原告が当初からの侵害差止請求に損害賠償に関する請求及び請求の原因を追加併合しても、これによつて著しく訴訟手続が実質的に遅滞したこととはならないから、原告のした請求及び請求の原因の追加的変更は、適法であり、被告の右主張は、理由がない。

(むすび)

四以上説示のとおりであるから、被告の人形が本件登録実用新案の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。

よつて、原告の本訴請求は、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 米 原 克 彦

裁判官 竹 田 国 雄

第一目録

説 明 書

図面一、二、三は空気入りビニール製人形であつて、図面一は顔の正面方向よりの、図面二は顔の背面方向よりの、図面三は上方よりの各図面である。

その構造は、頭部1、胴部2腕部3及び脚部5が接続して形成された軟質皮膜製の中空の袋体の人形で、頭部1から空気を吹き込むことにより、立体的な人形となり、脚部5を前に突き出した坐り姿勢をとり、腕部3、3を前方に出して胸前で抱き状になり、かつ、顔を側面に向けた格好をとり、前方に突き出し胸前で抱き状にした腕部3、3で他物を把握し得るようにした空気入りビニール製人形である。なお、4は、腰みので、6は腕部3と胴部2とにより形成されている空間部である。

第二目録

特許庁実用新案公報

実用新案出願公告昭三一―一九七二四

公告昭三一、一二、一七

出願昭二九、九、二〇

実願昭二九―三二八〇一

軟質皮膜による脚部を有する玩具

図面の略解

第一図は本案を取付けた玩具の見取図、第二図は本案縦断面図、第三図は本案袋体に空気を入れた場合の正面図を示す。

登録請求の範囲

図面に示す如く本体1と接続する中空2の袋体3に袋体3の半径より小なる切り込み凹部4を設けた軟質皮膜による脚部を有する玩具の構造。

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